娘の特性のこと
知能検査の結果は、全体的に同年齢の平均よりも高い数値が出ていた。
特に言葉を理解して表現する力が高い。
そのせいか、大人の意図や周りの空気を過敏に察知して、相手に合わせようとしすぎてしまうところがある。
小学4年の時のWISC-VではIQ137。
(言語理解155 / 知覚推理113 / ワーキングメモリ120 / 処理速度121)
数値を見ての通り、言葉を扱う力(言語理解)が「155」と突出して高い。
のちにAIを使ってこの結果を少し詳しく分析してみたとき、ハッとしたことがある。
この言語理解と、目で見た情報を処理する力(知覚推理「113」)との間にある「42」という大きな差。
この凸凹のギャップこそが、娘が日々感じていた生きづらさの正体だったのかもしれない、ということ。
それ以来、検査はしていない。
家から出られなくなり、病院が遠のいたからだ。
小学4年から中学1年まで、病院へ行ってもカウンセリングを受けても状況は変わらなかったし、今思えばあまり意味がなかったなと思う。
先が見えない曖昧な状況や、その場での急な変化に対応するのは少し苦手だ。
完璧主義で、失敗を極端に恐れる。
本人が気づかないうちに、心の中で色んなパターンをシミュレーションしてはダメだしをしているのだろう。
周りの環境に合わせようと、限界まで頑張りすぎてしまう。
そしてエネルギーを使い果たし、心がついていかなくなって動けなくなってしまう。
完全な適応なんていう綺麗な結末は、今もまだない。
学校は合わない、集団に長時間いるのは難しいということは、これまでの試行錯誤の上でよく分かった。
親子で悩みながら、なんとかマイペースに生きている。
これは、そんな私たちのこれまでの記録。
小学校低学年:集団のなかの違和感
2年生のとき、クラス全体が落ち着かない時期があった。
授業をうまく進められない先生が、騒ぐ子たちに個別PCで動画を見せてやり過ごすような、少し不思議な空間。
真面目に授業を受けようとしていた娘が、どこか割を食っているような理不尽さを、幼いながらに感じていたと思う。
3年生の担任は、熱意だけはある先生だった。 けれど、物事の考え方のペースが娘とはどうしても噛み合わず、少しずつすれ違いが生まれていった。
小学校中学年:学校に求めることの難しさ
4年生、5年生と進むにつれて、学校という場所で娘に合わせた対応をお願いすることの難しさを実感することが増えた。 良さそうなものを試すも合わず、区の相談支援も合わなかった。(合わないというか、相談員がいい加減すぎて今思い出しても腹立たしい)
先生からの良かれと思って提案された通学路での待ち合わせが、娘にとっては強いプレッシャーになってしまったり。 給食の対応で、少し悲しい出来事があったり。
不登校の支援にと勧められて、分身ロボットの「OriHime」を導入したこともあった。 けれど、通信環境がうまくいかなかったり仕様の限界があったりで、結局はただ大人の「やっています」というポーズに付き合わされているだけのような気がして、娘の安心できる居場所にはならなかった。
「中学受験をして適切な中学校に行けば、なんとかなるかもしれない」 そう思った時期もあったが、塾も合わずにやめてしまった。 塾のセレクトミスだったかもしれないけれど、仮にうまくいって中学に進学したとしても、結局は合わずに不登校になっていただろうなと今は冷静に思える。そう思うと、受験しなくてよかったのかもしれない。
この頃は、娘もつらかっただろうが、親のわたしも本当にきつかった。
小学校高学年:等身大の関わりと、居場所探し
6年生のとき、飾らない等身大の姿で真っ直ぐに向き合ってくれる若い女性の先生と出会った。
娘の良さを引き出そうとしてくれた関わりのおかげで、読書感想文が文集に選ばれたり、学芸会のピアノ伴奏のオーディションにチャレンジしたりと、彼女なりの方法で力を発揮した1年だった。
この頃、いくつかのフリースクールの見学にも行った。
けれど、どこか賑やかすぎて落ち着かなかったり、ただ放置されているような空気感が娘にはどうしても馴染めなかった。
どこも合わない。落ち着くのは家だけ、という感じだった。
中学1年:学校への期待を諦めた日
中学校へ入るタイミングで、4人の先生に娘のトリセツのようなメモを渡した。
けれど、たくさんの先生が関わる中学校という場所では、その思いを共有してもらうことは難しかったようだ。
決定打は、林間学校の班決めでフリーズしてしまった娘を、保健の先生が玄関口にぽつんと1人で置いておいた出来事。
それを見たとき、これ以上この場所で頑張り続けるのはもう無理なのだと、公立学校という仕組みに頼るのを諦めた。
わたしでさえ娘への適切な対応が分からないのに、他人の先生に分かるわけがない。
いくら何人もの生徒をみてきた経験豊富な先生だって、生徒一人ひとりに丁寧にずっと付き添ってみるなんて無理だ。
学校はそういうシステムなのだと納得した。
結果として、少しでもサポートが必要な子は支援級という選択肢になるのかもしれない。
けれど、うちの子が支援級に入れるのだろうか……?
ちなみに、世田谷区の特別支援教室(すまいるルーム)は「登校している子しか申し込めない」とのことで、断られてしまった。理不尽だなと思う。
中学2年〜現在
今はN中オンラインに籍を置いている。
ネット上では「N中にしたら元気になった」などという眩しい話をよく見かけるけれど、うちの場合は今のところ、そんな変化はない。
画面をつなぎっぱなしにしたまま片手間で別のことをやっていたり、接続するのを忘れてしまったりする日々が続いている。
目下の悩みである中学校卒業後の進路を前に、今も親子で静かに悩みながら、これからの居場所を探している。

