YouTubeで、精神科医の斎藤環先生と落合陽一さんの対談動画を見た。
タイトルは『「ホームレス、子捨てが増える」「こもって27年目です」ひきこもり1000万人時代?』というもの。
動画では、日本のひきこもりの現状や、「在宅ホームレス」とも言える社会的背景、そして本人が抜け出せなくなる悪循環について語られていた。
「引きこもり予備軍」「孤独死」「8050問題」……
次々と出てくる不安を煽られるような言葉に、どうしても我が子の姿と重なってしまい、胸がザワついてしまった。 うちの子も、いつかこうなってしまうのだろうか、と。
※8050問題
80代の親が、ひきこもり状態にある50代の子どもの生活を経済的・精神的に支え続けていることで生じる、孤立や生活困窮などの深刻な社会問題
娘がこんな未来になってしまうのではないかという不安から、
私は今の娘の状況との「違い」を必死に探した。
どうすれば回避できるのか、どこが違うのかを、考えてみた。
家で引きこもる意味
動画の中で斎藤先生は、ひきこもり防止には趣味が大切で、意外にも推し活、DTM(パソコンでの音楽制作)、家庭菜園、釣りなどが相性が良いと話していた。
他人の目や刺激がない完全な個人空間で自分の世界に没頭でき、
対面の摩擦なしで作品を通した「薄い繋がり」を持てる活動だからなのだと思う。
中3の娘。
高校受験の年だけれど、全然勉強はしていない。
外に出るのは、週に1回ピアノ教室へレッスンに行くためと、たまに散歩にでるくらいだ。
しかも1人では全く出られない。
中1の頃は私も不安で、
「学校に行かなくても勉強はしないとね」「せめて毎日の散歩はしないと」
などと言っていた。
けれど、中2で娘の気持ちが不安定になってからは、心を安定させるための対応を最優先に切り替えた。
それを経たいま、娘が自分の部屋にこもり、好きな絵を描くことに没頭している状態。
これはまさに、動画で言われていた「自分を守るための活動」と同じではないだろうか。
……そうだといいなあ、という切実な気持ちを込めて書いている。
限界を超えて無理に「普通のレール」に適応しようとせず、一時的に自室へ避難して自分を守れていること。
それは心身が壊れてしまうのを防ぐための、娘自身の強力な防衛本能であり、
エネルギーを蓄える大切なプロセスなのだと感じる。
この先どうなるかは分からず、今も不安だし手探りの状態だ。
でも、高校受験や「普通のレール」に乗らなければという常識よりも、娘の心の中から希望を見いだせる光が作られることを、今は一番大事にしたい。
担任一人に委ねる、学校システムの限界
動画では、不登校の主な原因のトップに「教員との関係」が挙げられていた。
けれど、それを先生個人の資質や責任だけに押し付けて攻めてしまえば、
先生側も保身に入って萎縮してしまう。
1人の担任や副担だけに責任を委ねてしまう構造自体に、大きな問題があるのではないだろうか。
思い返せば、娘の小学校6年生のときのことだ。
当時の担任は20代後半の若い女性の先生で、学年主任でもあった。
情熱あふれる先生だったけれど、
学校へ行くと「厳しくも尊敬されているベテランの中心の先生に、学年の方針や対応をよく相談している」と話してくれた。
その学年全体で生徒を見るというチーム体制があったからこそ、
娘はフリースクールから再び学校へ戻る選択をし、
移動教室に行き、学芸会で満場一致のピアノ伴奏をやり遂げるという、
半年間を過ごすことができたのだと思う。
最終的にエネルギーが切れて不登校という形にはなったけれど、
あの1人の担任に抱え込ませないチームでの取り組みがあったからこそ、
娘は限界まで力を発揮し、自分なりの区切りをつけられたのだと今でも感謝している。
けれど、こうした環境も校長の方針一つでガラッと変わってしまう。
担任1人に責任を負わせる校長のもとでは現場への負担が大きく、毎年先生の異動が相次ぐ。
引き継ぎすらまともにされないまま、担任が変わっていく。
現に、低学年時の校長がこの方針で先生の雰囲気が悪かった。
子どもは「どの担任になるか」という担任ガチャに怯え、
先生は「どんな校長になるか」という校長ガチャによって変わってしまう。
これでは分岐点で救いのルートがなく、一人の人間のレベル次第で運命が変わってしまう。
学校という組織があまりにも一人のトップや担任の個人的な腕頼みになっていて、
システムとして誰でも守れるセーフティネットになっていないことの怖さを、身をもって感じている。
親でさえ時間がかかる「事例集」がほしい
川上量生(かわんご)さんが
「今の時代、多かれ少なかれ全員が発達障害だ」と
X(旧Twitter)に書いていたけれど、誰しも多かれ少なかれ特性や偏りを持っているのだと思う。
それなのに学校現場では「普通か、そうでないか」で二分され、
理解できない行動がある生徒は先生もどう接していいか分からずおざなりになってしまう。
一人ひとり個性があるとは言っても、子どもの躓くタイプや傾向にはある程度のパターンがあるはずだ。
個人が勉強会で得た知識や手探りの経験だけに頼るのではなく、
困った時にすぐ調べられる「事例集(対応ナレッジのデータベース)」のようなマニュアルがあれば、先生の対応や現場の余裕も少しは変わるのではないだろうか。
対応ナレッジのデータベース
知識やノウハウをまとめて管理し、みんなで共有するための仕組み
実際に不登校対応事例などの提供はあるが、検索に時間がかかる。
AIで不登校予測をするプッシュ型支援をする自治体もあるようだが、まだ課題は残るようだ。
一番近くで見守っている親の私でさえ、娘の捉え方や考え方を理解するまでに何年もかかっている。
今だ理解できない考え方をしている時があり、驚く。
それを数か月付き合っただけの先生に「察して理解してくれ」という方が無理な話だと思う。
理解できない他人を理解するための「橋渡し」として、
具体的な事例と対処法のストックが現場に用意されていてほしい、と切実に思う。
もう娘には遅いけど。(悲しみ)

