【記録03】コロナの一斉休校と、半日登校が教えてくれた「ほどよい学校との距離感」

小2の終わり。娘の学校への行き渋りは徐々に強くなり、このままいくと本格的に学校へ行けなくなるかもしれないという空気が漂っていた。
そんな時、新型コロナウイルスの影響で全国一斉休校が決まった。

世間が大混乱に陥る中、わたしは「これで無理に学校に行かせなくて済む」と、正直少しだけほっとしていた。
文部科学省の統計でも、コロナ禍をきっかけに不登校の小中学生が急増し、過去最多を更新し続けているというデータがある。
我が家もまさに、その大きな波の中にいたのだと思う。

この長いお休みで少し環境が変わって落ち着けば、また学校に通えるようになるのではないか。
そんな期待もあったが、結果的にこの休校期間で、娘の中に「家の居心地のよさ」がすっかり定着してしまったのだと思う。

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長く通った幼児教室をやめる。中学受験塾一本に。

小3になり、コロナの影響で1歳から通い続けていた幼児教室(トイズアカデミー)の授業もZoomに切り替わった。

しかし、画面越しに顔見知りではないクラスに割り振られ、知らない先生や生徒に囲まれる環境は、娘には合わなかった。
画面の中で元気いっぱいに一方的に話し続ける子を見て苦手意識を持ち、さらに信頼していた先生が産休に入ると告げられ、「もう無理」と心が折れてしまった。
塾にも通い始めていたし、もう幼児教室は卒業でいいだろうと、辞めることにした。

ただ、今になって振り返ると「あのまま地道に続けていたら、学習習慣がもっとしっかり定着していたかもしれない」と思わなくもない。

代わりに入った少人数の塾も、結局は小4いっぱいで辞めることになる。
女子のリーダー格の子が、自分にだけ話しかけてくれないのが悲しい、居心地が悪いというのが理由だった。
どちらの選択が良かったのかなんて、誰にもわからない。
親の決断は常に手探りで、後になってみないと答え合わせができないから。

体育会系の担任と、意外な相性

小3の担任は、20代後半の独身女性だった。 明るいけれど、少しデリカシーがないタイプ。
しかし、その「ぐいぐい来る感じ」が、当時の娘には意外と悪くなかったようだ。

行き渋る娘のために校門前まで迎えに来てくれて、「大丈夫、大丈夫!」と言いながら娘の背中をバンバン叩き、強引に教室へ連れて行ってくれた。

繊細な娘には合わない対応にも思えるが、
この頃の娘はまだ「親や大人の言うことを聞き、説明されれば受け入れる」という素直さがあったので、その強引さに引っ張ってもらえた部分があった。

半日登校が教えてくれた「3時間」という適量

コロナ禍での学校生活は、午前と午後でクラスを半分に分ける「分散登校」から始まった。
実はこの「少人数で、2、3時間で家に帰れる」というシステムが、娘にはこの上なく合っていた。

今になって思う。
彼女にとって、教室というノイズの多い空間で過ごせる適量は「3時間」だったのだ。
もし普通の学校が1日3時間だけで終わるシステムだったなら、彼女は不登校になることなく通い続けられたのかもしれない。

クラスでの活躍と、積み重ならない自信

相変わらず学校に友達はいなかったが、自分の得意なことでスイッチが入ると、普段の姿からは想像できないほどの力を発揮した。

大好きな読書を活かした「ビブリオバトル(書評合戦)」では、
人前で話すのが苦手にもかかわらず、クラスの投票で優勝した。
絵が上手だと褒められ、クラスの中で少し目立つこともあった。

それでも、その成功体験が彼女の「自信」として根付くことはなかった。
学校という空間にいるだけで、エネルギーは常にいっぱいいっぱいまで消費されていたからだ。
ギリギリの状態で必死に適応しようとしていたむすめにとって、
どれだけ褒められても、それは心を潤すほどの余裕にはならなかったのだと思う。

そうして親や先生の期待に応えようと、いっぱいいっぱいの状態で適応しようとしていた娘だったけれど。
翌年の小4で、ついに限界を迎えることになる。てしまう。

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