【記録00】8ヵ月から通い続けた、幼児教室の居心地のよさ

生後半年過ぎ頃のこと。
家の近所をママ友さんと散歩している時、ふとある幼児教室の看板を見つけた。
「3歳までに子どもの知能の土台ができる」というようなキャッチフレーズが書かれていた。
初めての育児で、どう子どもを育てていいか分からなかったわたしとママ友さんは「これだ!」と意気投合し、一緒に体験へ行くことになった。

結果的にママ友さんは下の子が生まれて通う暇がなくなり辞めてしまったが、我が家はそこから生後8ヵ月で入室し、5年間通い続けることになる。
ベビーパーク、キッズアカデミー、そしてトイズアカデミーへと続く道である。

目次

最初の指針となった「ベビーパーク」

ベビーパークでは、声掛けや接し方など情緒を育てるアドバイスから、
フラッシュカード、ドッツカード、英語のかけ流し、赤ちゃんの体の動かし方まで、
発育を促す様々な方法を教わった。
どう育てていいか迷っていた当時のわたしにとって、それはとても良い指針になっていたと思う。

赤ちゃんの頃から毎日つける育児ノートと発育の目安表があったが、娘は全般的に目安よりも半年から4ヵ月ほど成長が早かった。
特に言葉系の発達は顕著で、当時は「物覚えが良いのはこの教室のおかげだ」と本気で思っていたほどだ。

何より先生の接し方が素晴らしく、娘にはピタッとハマった習い事だった。
ベビーパークと、その後のキッズアカデミーはずっと同じ先生に教わることができたが、幼児教室は先生の経験や技量によって質が全く変わる。
今になってわかるのだけど、わたしたちは本当に運良く、プロフェッショナルな先生に恵まれたのだと思う。

しかし、その後のトイズアカデミーに進むと状況は少し変わった。

若い先生が多く、産休などで先生がコロコロと入れ替わるようになったのだ。
人に馴染んでからその場に居着くタイプの娘にとって、人が変わり続けるトイズは居心地が悪かったようだ。幼児教室は「ご縁」の要素も大きいと実感した出来事だった。

※当時トイズアカデミーは立ち上がったばかりで、特にバタバタしていたと思う。
少し前の話なので現在はどうなっているか不明である。

幼児教室のIQテストのリアルと、向いている子

キッズアカデミーが終了するタイミングと、トイズアカデミーに進級するタイミングで、IQ(知能指数)を測定する機会があった。

手元に返ってきた結果は、図形の項目が「200」を振り切るなど、全体的に突出した数値だった。
講評の欄にも「論理的思考力が優位に育っている」と、親としては誇らしくなるような言葉が並んでいた。
わたしは正直、この結果を見て一瞬だけ
「なんでもできる魔法の頭になるのではないか」
「これで今後の子育ても少しは楽になるのではないか」
という幻想を抱きかけた。

しかし、現実は全く違った。
図形の数値が200を超えようが、論理的思考力が高かろうが、
娘の心が安定するわけでも、子育てがしやすくなるわけでもなかったのだ。

彼女は相変わらず頑固で慎重で、嫌いなことはテコでも動かず、集団生活ではフリーズしてしくしくと泣いている。
IQの高さと精神年齢や社会性は全くの別物であり、子育ての悩みを一掃してくれる魔法の数値など存在しないのだと、自我が芽生えた娘と向き合う中で痛感させられた。

そもそも、進級にあたって一定の数値が必要になるとはいえ、
キッズアカデミーで習ったことをしっかり復習していれば、
よほど興味がない子でない限り十分に超えられるような内容だったのだと、今なら冷静に受け止められる。

実際に通ってみて感じるのは、この教室は「お母さんがやることに耳を傾けて興味を持つ子」や「じっくり取り組むのが好きな子」にとても適しているということだ。

逆に、エネルギーが有り余っていて体をめいっぱい動かしたい子は、
スポーツなどに力を入れた方が本人は楽しいかもしれない。

それでも、元気いっぱいに動き回る男の子でも、お母さんが根気よく一緒に通って勉強を定着させていたケースもあった。
子どもに「知る機会」を与えるという意味ではすごく良い場所だったし、
もし合わなければ別のことをやればいい。
幼児教室とはそういうものだと思う。

「一番じゃないと嫌!」な完璧主義と、隠れて重ねる自主練

教室での取り組みの中で、娘の特性がはっきりと顔を出すこともあった。
キッズアカデミー時代、娘と別のもう一人の子との2人クラスになった時のことだ。

ひどい負けず嫌いの娘は、もう一人の子が自分よりほんの少しでも先に問題を解いてしまうと、
「先に答えたかった!」と悔しがって途中で投げ出してしまうようになった。
自分が一番できているという自信がないと、自分自身と向き合うことができないのだ。

この「自分ができるようになるまで、人には見せない」という完璧主義な性格は、今も変わっていない。
家でも何かコソコソとやっている気配がある時は、密かに自主練をしているのだ。
今は主にそれがイラストを描いたり、音楽を聴くことで、残念ながら勉強には向いていない。
試行錯誤の末、わたしはあえてそれを見ないふりをして過ごしている。
今後書く記事でそれは分かってもらえるのではないかと思う。

どう考えても小学校が不安で残した「保険」

キッズアカデミーに最後まで残った子の半分以上は、小学校受験をしていた。
0歳から準備を始め、本格的な受験塾に通うために幼稚園に入る前や半ばで辞めていく子が多い中、塾と併用して通い続ける子もいた。
そういう子は、賢くて穏やかで、活発で精神的にも安定している「できる子」が多かったように思う。

我が家も、もしもっと経済的な余裕があり、娘がもっと気持ちが安定していて繊細さが少ない子だったら、小学校受験という選択肢もあったかもしれない。

しかし、母子分離が難航しているのは分かっていたし、幼稚園に慣れるのにも2年かかっている。
その上、受験塾を掛け持ちして「定番の答えや動作」を教え込ませるということ自体に抵抗があった。
仮にご縁があったとしても、この子が毎日一人で電車に乗って通学する姿はどうしても想像できなかったのだ。

それでも、小学校に上がってからもこの教室に通い続けることを選んだ。
最大の理由は、集団行動を重んじる公立小学校という「規律正しい枠」に放り込まれる娘への不安だった。

先生との相性やお友達とのちょっとした摩擦で、
いつ登校を拒否してもおかしくないという危うさを常に感じていたからだ。

だからこそ、いざという時の「保険」として、
いざ小学校で馴染めなかった時の「心の拠り所(セーフティネット)」として、
赤ちゃんの頃から娘を深く理解してくれている先生がいるこの場所を残しておきたかったのである。

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