世田谷区は、不登校児に対して新しい試みをいろいろと行っている。
その中の一つとしてスタートしたのが、メタバースを活用した登校支援「ほっとルームせたがYah!オンライン」だ。
わたしが書いているのは、2023年〜2024年頃(中1当時)のお話のため、今は変わっているかもしれない。
オンライン面談を終え、アカウントを発行してもらい、
いよいよ娘と一緒に初めてメタバース空間にログインしてみた。
親の私はそれなりに期待を膨らませていたのだけれど、
画面が開いた瞬間の娘の反応はイマイチだった。
それもそのはず。
最近のゲームのリアルでワクワクする世界観に慣れている子どもからすれば、画面が地味だったのだ。
「あつ森」のように自由に画面が切り替わって世界が広がっていくようなワクワク感はない。
1枚の大きな画面の中に、受付、自習室、映像授業の部屋、イベント部屋、相談カウンターがギュッと配置されている。
行政のサービスだし、そこを派手にしてゲーム性を持たせたりするのは方向性として違う、というのは十分に理解できるのだけれども。
空間のルールや仕様としては、以下のような感じだった。
- 生徒同士のチャットは基本NG、マイクも画面もオフがルール。
- 自由に歩き回ることはできるけれど、そもそも普段は「交流」が目的の場所ではないから、ウロウロしている子は誰もいない。
- 映像授業の部屋もあるけれど、動画はテレビのように「垂れ流し」に配信されており、自分の意志で再生したり巻き戻したりはできない。(配信日の告知やライブラリに格納された際のお知らせはあるらしいが、お試しでしか見ず活用しなかった)
もちろん、たまに開かれるイベントスペースでスタッフさんがいればチャットで会話ができるし、
個別の相談室(予約制)にいけば1対1でカウンセリングや勉強を教えてもらえる機能はある。
※イベントが行われる際には、もっと活気があって違う雰囲気なのかもしれない。
当時は基本、50人くらいの接続者がいたと思うけれど、
参加アバターがみんな自習室の席に静かに座っているか、相談室にいるかの二択。
メタバースという最先端の言葉から想像するような
「自由で楽しいインターネットの居場所」とは、少し毛色が違っていた。
「ただキャラを置いておくだけ」の1年間
当時の我が家にとっては、それでも「出席日数を稼ぐための貴重な手段」。
中1の間は、なんとか頑張って週2回の開室日に繋ぎ続けていた。
今のN中(N中学校)もそうなのだけれど、
やっぱり私が「今日、せたがやの日だよ」と声をかけないと、娘は存在自体を忘れてしまう。
最初の頃こそ少しは画面を見ていたかもしれないけれど、
慣れてくると娘の使い方は完全に「割り切ったもの」になっていった。
パソコンでメタバースにログインし、自分のキャラクターを「自習室」の席に座らせる。
そうしたら、もう画面は見ずにそのまま放置。
なぜ自習室なのかというと、そこが一番安全だからだ。
フロアの変な場所にポツンとアバターを立ち尽くらせていると、
親切なスタッフさんから「どうしたの?」と声をかけられてしまう。
自習室の席に座ってさえいれば、誰からも話しかけられない。
だから娘は、アバターだけを自習室にそっと置き去りにして、
接続している間はパソコンから離れて全く別のことをして過ごしていた。
(※ちなみに、学校で配られたiPadではスペックが足りなくて動かなかったため、我が家は自宅のパソコンから接続していた。もし家に他のデバイスが整っていない家庭だと、使うこと自体が難しいかもしれない、とそのとき感じた)
そして開室時間が終わる頃、
部屋の片隅にあるフォームに「今日は何をしましたか」というアンケートをササッと入力して退室する。
本当に、それの繰り返しだった。
(※これらはすべて2024年1月頃までの時点の話なので、現在は仕様や推奨環境が変わっているかもしれません)
中2でも申し込んでいたが接続しなくなった
一応、1年ごとの更新なので中学2年生になるときも継続の手続きだけはした。
けれど、中2になってからは、ただの1回もログインすることはなかった。
ちょうどその頃から娘がN中を始めたこともあり、そっちのネット学習や接続に意識が向いていた。
「出席日数を少しでも多く稼ぐ」という目的だけを見れば、
N中の週2日とせたがやの週2日を合わせれば「週4日出席」にできたかもしれない。
けれど、当の娘自身は、最初から出席日数なんて気にしていなかった。
自分の気持ちだけでいっぱいになってしまっていて、余裕がなかったのだと思う。
そして何より大きかったのは、私自身の変化だった。
中2になったあたりから、私は娘に対して「あれこれ口を出さずに、一歩引いて様子を見る」という対応に変えていた。
だから、私から「今日ログインしなくていいの?」と急かすこともしなくなった。
その結果、我が家の日常から「ほっとルームせたがYah!オンライン」への接続は、自然とフェードアウトしていった。
もしあのまま、私が「出席のためにログインしよう」と言い続けていたら、
娘は心をすり減らしながら、形だけのログインを続けていたかもしれない。
今思うと、そもそも学校に行けなくて沈んでいる子に、
出席日数を求めるという行為自体が大きなプレッシャーだったのだと思う。
当時の私にはそれが分からなくて、こういう経過をたどることで、
ようやく娘の気持ちに気づくことができた。
自分が未熟だったからこそ、必要な遠回りだったのだと思う。
当事者の親として思う、このシステムの「向き不向き」
行政がこうしたメタバース登校を取り入れているのは前向きでよい試みだと思うし、
決して意味がないわけではないと思う。税金はかかるけれど。
実際に、このシステムが大きな救いになる子もたくさんいるかもしれない。
たとえば、
- 今は学校やフリースクールに行けていないけれど、いずれ学校に復帰したいと思っている子
- たまに学校に通っているけれど、疲れ果てて休んでしまった日の代替手段として使いたい子
- 自分の将来の目標が決まっていてそっちに熱中したいから、出席日数を補うために割り切って使いたい子
こういう「出席日数をキープしたい明確な理由がある子」にとっては、
自宅にいながら出席扱いにしてもらえる、本当にありがたい制度だと思う。
だけど、「学校というシステムそのものが合わず、エネルギーが完全に切れて動けなくなっている繊細な子」にとっては、少し違う部分があるのかもしれない。
申し込み自体は親がするので子どもに負担はないのだけれど、
いざ入ってみると、そこには50人ほどの接続者がいたとしてもお互いの存在感はほとんどなく、
ただ「ログインするだけの手順」になりがちだ。
そもそも学校というシステム自体に適応できなくて悩んでいる状態だからこそ、
この静かな空間でただログインを繰り返すだけの先に、
「また学校へ通おう」という気持ちが自然と湧いてくるかというと、
うちの娘のようなタイプには難しかったのだと思う。
1年間籍を置いてみた私の正直な感想としては、
少なくとも当時の我が家の娘の心を回復させてくれるエネルギーは、
あのメタバース空間にはなかった、ということだ。
うちのような不登校の例は除くとしても、
需要とコストが合っているかはちょっと疑問で気になるところではある。


