娘は1歳の頃からリトミックを、3歳の頃からはピアノを習っている。
思えば、まだベビーカーに乗せたりエルゴで抱っこしたりしていた頃から、電車に揺られて1時間ほどかけて教室に通っていた。
わたし自身はピアノが弾けないので「娘が弾けたらいいな」、また音楽が好きな夫の「習ってほしいな」という思いから始めたピアノだったけれど、娘にとっても音楽は相性がよかったようだ。
「楽譜通りに弾けばその通りに音が鳴る」という規則正しい世界は、わたしから見て割と彼女の思考と合っているようで、長く続いている安定した習慣のひとつだった。
しかし昨年の4月。中2になったタイミングで、娘は一切外に出られなくなり、週1回のピアノ教室にも全く通えなくなってしまった。
親としては一度休会するか辞めるかした方がいいのではと思ったが、本人は「絶対に辞めない」と言い張る。見かねた先生が「オンラインでもいいよ」と配慮してくださり、そこから1年間の、なんともいえない細々としたレッスンが始まった。
オンラインレッスンといっても、スムーズにいくわけではない。
画面越しに先生が話しかけても、娘は一言も声を発しないのだ。娘が私の耳元でこそこそと呟いた言葉を、私が通訳のように先生に間接的に伝えるという、奇妙なスタイルでレッスンが進んでいった。
しかも、オンラインですら月1回やるかやらないか、というギリギリのペースだった。
もちろん、休む時の連絡も本人が自分で先生にLINEするわけではない。
娘はLINEを見るのが苦手だ。何が書いてあるのか悪い想像をしてしまったり、うまく返信できない自分を想像してしまったりして、メッセージを見ることすらできないらしい。
そのため、レッスンの出欠やスケジュールのやり取りは全部わたしが間に入ってやらなければならず、正直なところ、それもわたしにとってはちょっとしたストレスだった。
さらに、うまく弾けないことがあると、娘はすぐに落ち込んでしまう。
無言のままスッとピアノの前からいなくなり、そのまま布団に潜り込んで出てこないのだ。
親としては「そんなに落ち込むくらいなら、普段から少しでも練習してレッスンに臨めばいいのに」と喉まで出かかる。でも、それを言ったところで彼女が余計にフリーズするだけなのはわかっているので、ぐっと我慢して飲み込んでいた。
娘は自分の気持ちにいっぱいいっぱいで、周りのことに気づく余裕もない。
いつかまた動くかもしれないという「待ちの状態」を維持するためだけに月謝を払い続けるのは、親としてもなかなかに虚しくてキツいものがあった。
3歳から娘を見ている先生も、さぞ心配だったと思う。 先生には娘のいまの状況を正直に話し、たびたび相談にも乗ってもらっていた。当時のわたしにとってもむすめにとっても、先生は数少ない「外の世界の理解者」だった。
そうして、ちっとも進まない、ただ見守るだけの1年間が過ぎていった。

